要約|ケーキの切れない非行少年たち【非行に走る理由(ワケ)】

思考・考慮

非行と聞くと皆さんどんなイメージを持たれるでしょうか?
ただ世間が気に入らないことが理由で非行に走っているようではなさそうです。

今回は ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書) [ 宮口 幸治 ] をご紹介します。

「厄介な人」にも何かしら事情がある
せめてそう思いを馳せられる人が増えれば、彼らの生きづらさが多少は和らぐのかもしれない。
そんな大事なことに気づかせてくれる貴重な一冊

非行に対する反省以前の問題

少年たちの中には、反省以前の問題を持っている子どもの割合多いそうです。

確かに世の中には「どうしてそんなバカなことをしたのか」と思えるような事件が報道されます。
これは後先を考える認知力の弱さの問題も大きく関係しているようです。

題名にもなっている「ケーキを切れない」というのは、
認知力が低くケーキを等分することすら出来ない事を示しているのです。

教育とのギャップ

学校教育現場では殆どが 見る力/聞く力 を通して情報が伝えられています。

仮に見る力/聞く力が歪んでいたら実行する時点で歪みが生じます。
修正力が低いことが認知機能の弱さを一層引き立たせてしまいます。
このような根本的な原因が不適切な行動に拍車をかけてしまっていると主張しています。

例えばデザインセンス抜群でも眼鏡を掛けないと物が見えない人が、
裸眼で風景画を描いても正確な模写が出来ないことは容易に想像出来ます。

要するに土台がしっかりしていなければどんなに修正しようとしても安定しないということです。

褒める教育の正当性

「褒めて伸ばそう」「話を聞いて理解してする」という方針はよく耳にします。
著者曰くその場を取り繕うのには良いが長い目で見た場合、
問題を先送りにしているだけで、根本的解決にはなないと述べています。

例えば、勉強できないことで自信をなくしている子供に対して走るのが速い点を褒めたり、
勉強が出来ない苛立ちを聞いてあげても勉強ができない事には変わりません。

捻くれた言い方をすれば、話を逸らしてご機嫌を取っているだけにも感じませんか。
一概に褒めたり、同じ目線に立つ教育も見直すべき点があるかもしれません。

知的ハンデキャップの比率

知的障害は 軽度/中等度/重度/最重度 といった区別がなされていそうです。
著者よれば支援を必要としている子どもの割合は約14%程度で、IQによる知的障害の定義が変わり、必要な支援を受けられていないことを危惧している。

また、平成30年知的障害者は約108万人程度とされています。
5年前(平成25年)の54.7万人から2倍近く増えており、急に問題を持つ人が増えたとは考えにくい。
つまり、支援が必要なのに気付かれてない人々がまだ一定数以上の割合でいるという事を暗に示しているのではないでしょうか。

病名のない障害

IQが70以上あれば私的には問題ないと判断されてしまいます。
しかし実際は下記のような障害を抱えているのかもしれません。

ADHD(注意欠陥多動症)
ADS(自閉スペクトラム症)
LD(学習障害)

例え軽度の知的障害であっても支援をしなくてもいいというわけではありません。

むしろ健常者との見分けがつきにくい事に加え、本人も普通を装い支援を拒否するため機会を逃してしまう傾向が多いようです。

本来、保護や支援を必要としているはずの人々が障害が原因で犯罪者になりうる可能性が大いにあります。

ケーキが切れるようになるために

自己に注意を向けることが始めの一歩です。

自尊感情(自己肯定感)が低いことが問題視されることが多いですが、
本当に問題なのは自尊感情(自己肯定感)が実情(自身の感情)と剥離している点のようです。

変わるための動機付けは自分に注意を向け見つめ直すことにあるようです。
自己への気づきがあり、そして様々な体験や教育を受ける中で自己評価が向上することで、
自身の感情を肯定する事ができるようになります。

自己評価が上がればそれが自信にとなり「誰かに頼られたい」「先生から認められたい」「友達に教えたい」という気持ちが、低下している認知機能を徐々に強化していくようです。

まとめ

本書は非行少年にフォーカスを当てて議論を行っていましたが、これは現代社会においても同様の事が言えるのではないでしょうか。
この書評を投稿させて頂いてる運営者の私でさえ、自身では気がつかな障害を抱えてる可能性もあります。

関係ないという思いを捨てて自身の視野や考えを広げる点として手に取って頂きたい一冊です。

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